2015年9月9日水曜日

賢者が残した言葉

アインシュタインが未来の私たちに残した数ある言葉の中に、

学校で学んだことを、 一切忘れてしまった時に
なお残っているもの
それこそ教育だ

という言葉が、あります。
 これは、何を指し示しているのでしょうか?
天才の言うことは、天才にしかわからない.....ことはないのです。
私たちも、考えればわかります。

学校教育で色々と、学習しますがそれも日常使わなければ次第に忘れます。
「あれは何だったかな?」と、調べばわかるものは、調べさえすれば良いのです。
自分の中に、教えて育てられているもの
知識が知識だけでとどまらず、自分そのものになった時、覚えていようとしなくても、行動や考えに辿りつける迷いのない感覚。

1,無意識的有能・・・つまり、考えて無くても、そう感じ、そう出来るのがすでに自動的な認識のこと。

になるなで、大切なことを自分に、働かせたい。

しかし、
2,分かったから、やれば出来る・・・・意識的有能
3,わかっちゃいるが、出来ない。・・・・意識的無能
4,分かっていないから出来ないし、分かっていないことが分かっていない。・・・無意識的無能

と、人間の認識の段階は4つに分けることが出来ます。


1,は意識の段階が一番深く入り、忘れることのない状態、身近な例えでは、小学校で習う九九。
何回も繰り返し、頭に入るまで。九九をもう一度習い直したいという人は少ないと思います。

自分に必要なことは、正しく頭にいれて、さらに忘れないようにくりかえす。

一度、いれたら、再度入れなおさなくてもいい、ここに来る前の段階2,分かったから、やれば出来るで放おっておくと、段階3,4,と落ちていき、最後は全く忘れてしまった状態に、後戻りするのです。

いい話を聞いたあとでも日常このような忘れ方、経験したこありますよね。

     自分が生きていくにあたって、何を育てておく必要があるのか?





わが子に、たくましく生きていって欲しいと、誰もが願う。


子どもを育てる私達は、そのカジをとらなければいけない。
大人は、見ぬく目を必要とする。
何をもっていたら、正しく見抜けるのか?それを探しながら、知った端から、待った無しの子育てに活かす必要がある。


無意識的有能にまでたどり着かせ、迷いの残らない素直な子育てを楽しみたい。

それは
「自分らしく、したい事をして生きる人生」を、親子ともに歩むためにも。




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