2016年2月3日水曜日

動物的なクセ

立春を迎える。
今日は、豆まき。

節分を機に心の鬼を追い払いましょう。と、小学校のお便りにも、子どもたちそれぞれの鬼を書いている。

落ち着かない鬼
ふざけ鬼
いらいらする鬼
勉強嫌い鬼など・・・。

子ども自身も、「これが自分からなくなったらいいのにな」、と思うことは大人以上にわかっているらしい。
しかし、毎度やらかしてしまうには、
それなりの衝動的な力が内在してしまっているからだ。


私たちはその昔、動物として生き、今に至るのだから 動物だった過去の記憶も持ち合わせている。
動物は、物理次元で生きている。
 だから、生きていくためのルールは危険からは 、逃げる。
目の前にある 欲しい物は獲得する、つまり、楽や 快は、 貪る。

このようなルールを元に生命を存続させながら DNAは進化し、
人間という新しい過程を迎えた。

私達は、何がプラスアルファされたから、人間になれたのだろうか?

それは、意識次元。
つまり、感情を、時間という目盛りで表現する。
例えば、他人から受けた恩を返す、記念日にプレゼントを用意するなど、過去の思いを現実に表現、または今の思いを未来に表現できる。喜怒哀楽にわければ、さまざま出てくる。


人間は、この物理次元と、意識次元の中で生きていることになる。
物理次元の感覚で生活をすると、ご承知の通り、何処か不具合がやってくる。
物理的な危険(身の危険など)は、回避が必要だが、
意識次元の生き方とは、「湧き上がる感情を客観的に見る」という、技がいる。
嫌だなと、怠け心が湧いてきたり、苦だと感じる部分を発見すれば、あえてそこに飛び込む思いで、向かってゆくと、その先が見え、開けてくる。


また、楽や快を求めるものには、たやすく手を出してしまうと。それに変えられない大切なものを失いやすい。だから、準備して待っていれば、調度良い。

以上を、

法則性で解かれたものは、意識次元と物理次元では、苦楽を引き寄せる法則性が逆さまだという事になる。

思い当たることは、誰にでもあるに違いない。
自分が過去、動物的に思考していたことを、この法則性を用いて考えてみる。
思い当たる節が、普通の人で200〜300個ある。
数にすれば、多いけれど意識を置けば1つずつ消えてゆく感触がわかってくる。
自分が歳を取る速さと、クリアしていく時間を計算すると、歳をとれば取るほど、気分も若返り、執着もなくなり、ストレスから無縁の域に近づいてゆく。そんな未来が待っていると、確信できる。

心の鬼の退治の方法には、それなりのやり方があった。

誰にでも、知ればチャンスがやってくるとは、このことだ。

あのりんごがほしい〜

どんな方法を使っても!だ。

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