2016年3月3日木曜日

憧れた天才

むかしむかしの学生時代、テスト期間に悩まされ、なんでこんなに面白くないのかと思った頃、とうとう悩んだ末、
「自分も天才になればこんな悩みは無いんだろうか?」と、安易に考えたことがあり、
過去の有名人は、何を学んだのだろうと、賢者が残した言葉に触れたことがあった。

トーマス・エジソンだった。

「天才とは、1%のひらめきと、99%の努力の結果である」

ほー、99%は、努力するのか・・・、ひらめき??なに、ひらめくんだろ・・・。


まあ、よくわからんけど覚えとこっと。という訳で、本当の意味もわからず、この言葉を忘れまいと心のなかでブツブツと唱え覚えたものでした。

それから約20年、

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。

という言葉に出逢う。

石の上にも三年、若いときの苦労は買ってでもせよと、言われながら経験を積んで失敗を繰返し、やっとわったことは、経験を積む前の準備として正しく用意しておくべき知識、また頭の正しい整理の仕方がわかって経験が乗れば、その経験も無駄なく、今よりも早く活かされているのではないかという事。
準備を知らなかったために、遠回りになったり、準備を間違ったまま経験を積み続け、自分は果たしてこれででいいのかどうか、よく分からない結末になってしまうこともある。

そんな事を教えてくれる教育システムは、今はない。
なんとなく正しいことに気づいている大人は、少なからずいる。

自分に確かな指針があれば「これでいく!」という、道が見える。
地図を持たない航海は、無いように私たち個人の航海地図を手に入れる教育システムを構築したい。


これから育ってくる子どもたちのために、伝え教えていくなら、幼少期から始められる。もちろん、今の大人も子どもと一緒に学ぶ。
自分たちが経験した遠回りを、同じように「次の子たちも同じ経験をすればわかる」「今度は君たちの番」と言うのでは、あまりに言葉が足りなく、無責任であるから。

ものに溢れ、ある程度の生活水準が守られ、誰もが豊かな生活を過ごせるこの時代に忘れてはいけないもの、受け継がれなくてはいけないもの、今わかっている根底にすえるべきものがある。
経験する前に学べるものは学んでおくが賢明、人生の先輩方々に教えを頂いては、あらゆる事を観察し、何が正しいかと、その因果関係を探り、答えを考え出す。

1%の小さなひらめきに、反応する感覚。

直感的に「いい」と思ったことは、そのまま思考を流さずにとどめておく。または、時間が経つと、つい忘れてしまうので、メモに取るなど、
そんな些細なことさえ、重要なポイントになる。

「あの時、こんなことしてたよな…」と誰かから学んだ記憶は、ふとした拍子に、ひらめきとしてやってくる。

1%のひらめきとして。



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