2017年2月26日日曜日

子どもの気持ち

私達が子育てを始めたとき、自分の感覚の中には、今までに培った経験から、あらゆる固定した感覚が備わっていた。
子どもと遊ぼうとすると、時としてその感覚が、子どもの感覚とのズレをうむことがある。
殆どが、そうじゃないだろうか?

なんでこんなことするの?
そうじゃないよ、こうだよ
そうしたら、かっこ悪いよ
こっちが好きだな
子どもがすることすべて、悪戯に見えてしまう、本当に悪戯?

 子どもは、一体何をしようとしているのか?

どのあたりが、今までの生活の中で学習していて、子どものそのままの感覚で動くとは
どんなことなのか?

大きくなった子どもは、意見する。

食器洗いを共にしてくれた小学生の男の子。
洗いあがった食器を拭いてくれた。
ふきんが段々水っぽくなる。
次の新しいふきんがほしいと言うから、「あっちに干してあるから、どれか持ってきて」と、頼むと面倒なのか、
「あ、まだまだ拭けるところがある。上下左右、更に表と裏!真ん中も!」
「…本当ね、将来、着替えの仕方も、こんな感じだったりして!?」
そばにいたおうちの人は、
「この子、しょっちゅう着替えするんよ~」と、言う。

するとその子は、こう返した。
「子どもにはねえ〜、子どもの気持ちがあるんよ。」

大人は、子どもに悟される。

「はい、おっしゃる通りです。そんなに、じみじみおっしゃるあなたは、
よほど経験を、お積みですね。」

大人中心に回る生活の中で、子どもの気持ちは子どもの中で確保されてる。

いちいち説明はせんけどね〜、子どもだっていろいろと考えるんよ。


2017年2月23日木曜日

冬の朗読

2月の寒い日。
この時期になると、読みたくなる絵本を私の音声朗読で、紹介します。

こいでやすこさん作の、こどものとも「おおさむ こさむ」です。


小学校のおはなしかいでも、何度か読みました。
大型絵本ではないので、だいたいこの本を見せると、「見え〜ん!」と、言われますが、この本の場合、実は絵が見えなくても想像力さえあれば、耳をすまして十分お話の世界に入り込める、私のお気に入りの一冊です。

今までに私が選んできた絵本のほとんどは、自分で気が向くもの中心。
何故、気が向いたかというと、人の心の中に必ずあるものを題材にしている、つまりメッセージ性のあるお話を選んでいます。

それは、手遊びをするときも、小道具を使う時も、意識しています。

その場限りの、流行りのものより、頭の中で繰返しやすく、後から考えてもこれからのヒントになるようなお話は、魅力があると思います。

今回の朗読に、はじめてBGMを自作してみました。
パソコンやデータの扱いに、少々時間がかかるところもありましたが、おかげでBGM案が、自分の中で浮上したことは、 かなりの進歩でした。

2017年2月21日火曜日

若返り笑顔

今の生活習慣と、その人の体にとって、大切な生活習慣は一致しているだろうか?

今までいいと思っていたことが、実は効果がないどころか、逆効果だと知ることもある。

自分に正しくは、「こちらの習慣が大切なのだ」とわかった時、新しく行動を始めるタイミングでもある。

そのきっかけに出会うとき、私の場合は歯磨きの説明をする時なのかもしれない。

歯磨き一つをあげると、生活の中では特別な位置付けではない。

しかし、この歯磨きを今、修正することによってどんな効果があるのか?
今の状況がどう変化していくのか?
そして歯ブラシはどのように扱えば、自分の思った通りの結果が出せるのか?

このような提案から、相手の心にノックしてゆくのが、私の腕の見せ所である。

大抵、新しい習慣を取り入れる理由なのだから、聞いたことがない、認識したことがないはずである。
それを、 重荷に感じる人もいる。
面倒くさいと感じる人もいる。

続かないこともあろう、ということを踏まえてお話することも大事だが、私の力の入れどころは、先にあるように、どんなメリットが自分にやってくるか そこのイメージを重点的に話す。

 今この練習をしたら、きっとものすごく歯磨きの達人になる
歯ブラシの扱いが今まで以上に、確実にうまくなる
これは本当の話だから断言できる。

そういう言葉をかけると、何やら嬉しいような、自分だってできるかもと、未来の可能性に光を当てられる。
その感覚に触れてもらうことが、私にとってはたまらなく嬉しい。

称賛から生まれる、相手へのエネルギーは大きい。

言葉がけは 目に見えない効果だが、この力があってこそ、進み始める人を何人も見てきた。

できていないところを指摘する教育は、私の中では、過去の失敗に終わっている。

できていないところまで、寄り添って、絡まった紐を解くように、
どこでどう、つまづいているのか?
そこを大切に探って、「ここなんですよ」と話すと、「はあ、そこですか」と、納得に至る。

誰にでも、どの時点でも、可能性がある。
 そこに磨き上げた称賛力を、プレゼントする。
人は何でも、嬉しくなって行動したい。
これからも、若返り笑顔が私の周りに増えていく。
イワシ~今脂のってる

2017年2月15日水曜日

応援したくなる人;旅立ち

この春、大学院生活を終了し、些細なきっかけから一年間の留学を決め、只今その準備に忙しくしている若者がおりました。



彼の視野は、世界に広がっている。
そのために、いまは入念な準備を重ねたいとのこと。

今回の留学を決めたのも、大学院にて新たな出会いを産んだことで
今度は自分が行動に移すことになった。

予定外の事だったのかもしれないが、これも自分にきた「御縁」、外の世界に
飛ぼうとする衝動は
彼自身の中であたためてきたものに、違いない。

同じく、心の中で外の世界を見たがっている若者がいる。
それは私の息子であると、彼に説明する。
まだ実現してさえもいないが、とにかく、自分のしたいことに高校生活を当てはめる
密かな計画は、
彼にとって「ニヤリ」としたくなる内容らしい。

そんな息子に、彼から「頑張ってください!」とエールをもらった。

それはこちらのセリフである。
「あなたも、十分楽しんできてください。」

称賛力に輝く若者。

家に帰って息子に伝える。
「まだ会ったことのない人から、応援をもらっているよ!」

うちの息子も、彼に同じ「ニヤリ」をした。

とにかく、「行く」と、断言

サバイバルな冒険好き

逆境を乗り越えるエネルギー


若者は、自らこうと決めて突き進むほど、成長する。
今年は大量、切り干し大根製作中

2017年2月12日日曜日

大切な、自分へ

忙しい、忙しいと時間を使うと、ゆっくり考える時間がない私達。
それは、時間がないから考えられないのか?
では、時間があれば、ゆっくり考えるだろうか?

ふとした時間、
予定を入れない休日。

自分のこれからをよく考えるようになった私。
自分に必要な情報と、それを知っただけで終わらせないで、活かす方を優先に考える。
「今晩のおかずは、とうしようか?」と、目先を悩むより、自分のためを考えることに当てる方が、はるかに価値が高いことに気づいた。

残された時間に対し、今後の自分に指令を与える時間である。

自分は、何のために命を使うのか?


それが、自分の人生を全うすることにつながると思うから。

誰かが、いつか背中を押してくれるわけではない。
成るようになるを、待つことなく、
それは自分が決めるのみと、わかったその時から、視界は開け自分の可能性を想像する。

そのための準備は、知らず知らずのうちにしていたらしい。

子育てを、一生懸命したこと、
子どもの未来に必要なことを、手探りしていたこと
ボランテアで、自分をたくさん試した

そして、最後に自分の存在価値を知ることに、視点をおいている。


自分の中に問いかける。

私は、真に頑張っている人を見ると、やる気がわく。
これから頑張ろうとしている人には、断然応援する。
自身がない人には、勇気づけたい
悩み、困っていたら、助けたい

そんな私に、ピッタリのポジションで、今準備することを、自分に問いかける。
そして、私が皆に働きかける様子をイメージする。



そんな感覚を持てた私は、間違いなく私を前進させると共に、
遅れ止まっている過去の時間を、取り戻している。

眠っている本当の自分に、もうすぐ逢える。






2017年2月8日水曜日

ちょっと頑張ったらね

ねぼすけ歴長く、「早起きは小学校にいる間の、目標やね〜」と、ついこないだまで。

このところ、スイッチが入って動き出した娘は、早起きの術を覚えようとしている。
ものすごいことである。

実は私も、朝は苦手。

しかし、早起きするといろんな準備がたくさん整えられるし、朝ごはんもゆっくり食べられるよ~と、食いしん坊さんが、嬉しくなるようなイメージを、用意する。

大きくなったから、もう少し詳しく説明する。
たどり着きたい結果には、何が必要か?

好きな分野の例えは想像しやすい…

それが料理なら、

美味しい食べ物ができる←調理する←材料そろえる
と、過去に時間を戻すと、段取りの必要性を教えることになる。


そんなこともあり、「料理をするように、早起きにも準備がいるね」と話す。
最近は、めざましの時間設定を、操るようになり、学校から帰ってきて疲れたのか、目覚まし時刻を夕方に設定しなおして、私が夕方仕事から帰ってきたら、爆睡していた。



苦手だからと、遠退いていたことをそのままにして臭いものに蓋をしておくと、蓋をしたからそれを考えないように避けて通るようになる。
ついには、認識さえしなくなる。

この状態をそのままにしておくと、益々苦手意識が強固になる。
時間を置けば置くほど、その力は強まる。

人間は、いつも瞬時に問い、いずれかを必ず選択している。
①「どうする?今すぐやっとく??やろか」
②「面倒くさいから、やめとこや」
③「んーー、そのうち・・・」(果てしなく、保留する)

その時に、「ちょっと、頑張る~」を、すると、①がきて、「汽車が走り出すように、進む」と彼女は表現した。

その後は、「ポー!」と、調子よく走るらしい。
SLの街、山口ならでは・・・。


2017年2月5日日曜日

言葉に麻痺する

日本語には、あらゆる表現がある。
特に義務教育の中で聞いてきた言葉は、誰でも耳にしながら、
その意味を十分理解できていただろうか?
日本語として素晴らしい表現がよく登場する。

正しい
良い
あいさつ
返事
お礼
静かに

そして、年齢が上がるに連れて・・・



勤勉
奉仕
礼儀
努力・・・などなど。

それぞれの言葉を聞くと、皆その言葉に、個人的にイメージしたものものが、付いている。

あなたは、その言葉一つ一つに、どんなイメージがあるだろう?


例えば、「努力」と聞いて、どんなイメージか?

本来、努力すれば「報われる」ものである。

これは、その昔、歯科衛生士専門学校時代、実習実習助手をしていた頃、
新しく入った学生に、実技を一から教える際、

「こんな、ぶきっちょさんでも、訓練したら・・・・・できるもんだわ。」と、確信した経験がある。

歯科は、ただでさえ特殊な分野で、手先の訓練を必要とする。その訓練に相当な時間かける。
できるまで、学生に付き合うつもりが、かなりのレベルまで上達し、達成感を味わう。



しかし、まちがって、「努力」とは
やっても無駄なもの
結果が出なければ、意味のないもの
面倒くさい
疲れる


など、本来の言葉の意味とは違う、その時経験したイメージが、意味の代わりになって感覚が狂っていないかということである。

これは、後に再度何かを学びたいと思った時、それとは逆方向のイメージの力で、
学びたい意欲を、「努力」した途端に、三日坊主の力へと引っ張ってゆく。

言葉を聞いただけで、「再チャレンジしても、どうせ無理」、と決めつけるのは、
頭の中で、言葉のインプットしなおし教育が必要だ。


コアラの会合、あなたも仲間に入る?


2017年2月1日水曜日

可愛い人たち

私のまわりには、可愛い人達がたくさんいる。
この単語は、女性に使われることが多いかもしれないが、私の言う可愛い人達に性別はあまり関係ない。年齢においても同じく。

人間的に可愛いな〜って素直に思えるから。

だから、ついついお話ししたくなるし、その人にとても興味がわく。

可愛い様子は、人それぞれあって、とてもいい。

本人自身は、その可愛さに、どれくらい気づいているのかな…。

「ねぇ、あなたは
こんなに可愛くて素敵なんだね。。それって自分でどのくらいわかるの?」

魅力いっぱいの笑顔を見せたり、
優しく語りかけるような笑顔。
思わず笑いを誘うエピソードと共に、
昔の話から今日の話まで、
こんなに素敵な共感とともに・・・


可愛い人たちは、やさしい笑顔。

魅力的な可愛さを、私に教えてくれる。


だから、私も鏡を見るように目の前の可愛さを感じとって、感じたままを返してみる。

そうして、お互いの心にあたたかな明かりが灯る。

その明かりは、エネルギーになって、
本当の自分の心が動き出す。自分の心はいつもそんなエネルギーを待っている。

待っているから、たくさん注いで、輝きを増す可愛い人になる。

そう思えるようになった今の私。

昔になくて、今あるものは「生き方の質」が芽生えたこと。
今まで誰も言葉で教えてくれなかったことを、学ぶチャンスに飛び込んだ。

「その時」は、わからないものだけど、今はこうなれた。

直径32センチ鍋に、肉じゃが入りました。お父ちゃん作、
ありがとう。



2017年1月29日日曜日

その指し示す方向

子どもが大人への階段を一歩ずつ進もうとしている。

子ども社会から大人社会へ移行しようとするとき 、多くの不明瞭な点や 、判断材料の少なさにより、迷い道をぐるぐるまわること になる。
 やっと正しい答えを見つけだし 、失敗しながら、 経験を積んで大人になるには、あまりにも時間がかかりすぎる。
 その理由に「自分に指針がある」という一本の筋がなかった。

何を考えたらいいかわからなかった。 しかし今は、私から伝えられる指針がある。

 人は何のために時間を使うのか?
何のために生きていくのか?
 時間は有限であること、それはどういうことなのか?
 人にとって 必要な選択とは何なのか?

 その指針を示せる 経験者、大人が、私である。

「そんなことを前もって知っていたら悩まずに済んだよ ~」と言われるより、生きる原理原則を知って、「だから、こうなのか~」 と、

たとえ失敗しても、
納得しながら 、自分のアタマで考えて、成長してほしいと 願う。

失敗から学ぶには、その悩み方と立ち直り方を知っていなければ、学べない。

それが技術である。

技術は、技を磨いて試す。そしてまた技を磨く。

日常にあることから、例えを拾って、相手にわかるまで歩み寄る説明には、技術を必要とする。

そして、何を示しているのかが、必ず見える時が来る。
その時彼は、二次曲線を上がりぬいてゆく。


2017年1月28日土曜日

自分で育てる必要のあるもの

私は幼い頃から 子どもは大人になれば完全体になるものだと思っていた。
だから大人はなんでも知っていて、 大人になれば判断が正しいものになるのだと思っていた。

そして、大人になった。

  自分自身の中で育ったものがあるが、昔思っていた完全体ではなかった。
そして自分の中の育ちには、良くも悪くも育っているものがあることがわかった。

よく育っているものは、自分が自分らしくある方向で表現される。


しかし良くないものも、確かに育っている。

ほとんどの場合は実感できない中に埋もれて、よろしくないタイミングで、表に現れる。
抑えがたき、みっともない感情がそれだ。

さらに、子どもの時のまま育っていない、大人になっても未熟で放っておかれたままになっているものもある。

そんな自分の中の、棚卸し作業をすることなく、

事が起これば、おこりっぱなし、時がすぎれば解決するさ。
まあまあ、仕方ない仕方ない、・・・あきらめも肝心。

要するに、行き当たりばったり、右往左往。


これを、繰り返して育ちあがったものが、今の自分。

逆に考えるなら、育てたいものはこれから育つように意識すれば、育てられる。
どうやって?

自分は、どうなりたいか?
変えたい、変わりたいと思うのか?思わないのか?

自分の中でそんな問いかけが積み重なって、自己サーチがはじまり、

ようやく「縁」が生じる。





萩の明神池で、鳶と遊んだ。か・な・り、ハマる。




心の若返りという、明るい未来が今の準備で起こる。


2017年1月22日日曜日

思うままの生き方を邪魔する

誰にでもあるもの。
知らず知らず、繰り返すことにより習慣化された
言葉に、すべてわかりきったようなイメージを染み込ませている。
それは、時に身勝手で気分屋
他の解き方を介入させない
結論は、あなたの頭の中だけで先に、出ている

そんな間違いに気づくチャンスは、自分の「これが当たりまえ。」が、ひっくり返った時。

自分に確かな方向を掴みかけたと思いきや、不必要な固定概念が騒ぎだす。

それは、今までと違う選択、やめておけと言わんばかりに押し寄せる恐怖の塊、固定概念。


何度と味わったことがある
ねじ曲げられるような気持ち悪い感覚
不安と恐怖が押し寄せるから、その輝きにのばした手は、何もなかったかのように、ひっこめ、その記憶を消す。



そんな麻痺にいつまで付き合うか?
人生は有限、目先に追われるまま、自分の、「人生を楽しむ」とは、いつ実行されるのだろうか?
固定概念かあるかぎり年を取りながら、苦しみは取り除かれるどころか、増大して行く。
自己処理していない問題は 自分の中に 保存したままだ 。

幸せを、自分から遠ざける「幸せ回避症」。
嘘のような、本当の話。



そんな自分のバージョンアップをし、人生を楽しむ原因を、一つ一つ積んでいく。

今年の我が家の味噌作りは、小豆と大豆二種。


2017年1月21日土曜日

子どもが持つイメージ力

体育が苦手な娘、跳び箱やマットの授業で困ったと言う。
そりゃそうだ、跳び箱、飛んだことないね。
マット運動は、未知の世界。

先生も困り果てたようで、「跳び箱は何段なら跳べるか?」と聞かれて、答えられずちょっとさみしい気持ちになったそうな。

そうだね~じゃちょっと練習してみよか?

机に両手をついて体重をかけて楽しんでいる姿をよく見かけるから、させてみると喜んでする。

「そうそう、それそれ、跳び箱で使う動きだよ。」
「え!? そうなの~?」

よし、かかった!いざ、彼女の解決の糸口のはじまり。


それから、我が家にあるベンチを跳び箱に見立てて、何回かシュミレーションを繰り返す。

「あのね、飛ぶためには頭の中でイメージをしておくことが大事なんだよ。こんな感じ…。」
タイミングを合わせて、台に乗っかる練習をした。
ゆっくりかつオーバーリアクションなデモを見せて、少しずつを繰り返す。
手応えを得て、その日は終了。

次の日、先生に「飛び乗れるところまで出来たよ」と報告し、先生側も次の準備が決めやすく、娘もつまずいていた会話の続きが成立し、満足だったようだ。



何か恐怖心から、その一歩がなかなか踏み出せないとき、違う切り口から入っていけないかと、探す。
それが、イメージを使うことだった。
素直な子どもは、そのままのイメージが「出来るような気分」を呼び起こし、やる気が湧く。

また、本人も上手に出来るお友だちを何回も見ている。その記憶を呼び起こして、 どんなイメージを持ったらうまくいくのかな?と考え続けたき「よし!」と閃いた声を出したことがあった。
私はその「よし!」という言葉に可能性を感じ思わず、「よしって言ったな〜」と、
もう一度練習に誘い、大成功したマット運動の前転。

先日、参観日で担任の先生に「前転の件、助かりました〜。」と、声をかけられる。




そう、そのタイミングにのっかる事が、ポイントなんだよね。

タイミングを知るものは、
やはり共に生活する家族。
 これからは心と体を上手に使って 成長を助けていく子育てが求められる。
雪が降りました。

2017年1月12日木曜日

未来を見続ける


些細なきっかけから、縁あった今回の我が家、家族増員。
本日無事終了し、久々の日本観光を兼ね、
息子をお迎えに来られた、お母さんに引き渡しました。

お父ちゃんも、今日は仕事お休み、手巻き寿司パーテイー。


 玄関先で、はい!我が家の伝統「くす玉割り」
過去10年、我が家で子どものお誕生日に毎回登場していたのですが、この度「ありがとう」バージョンでで、中身を作り直しました。

彼にとって短すぎた留学期間のようですが、その中で「しっかり、やりきった」という様子が、お別れの際によくわかりました。

やりきった思いは私も同じ。
彼の「日本の標準語の使い方を、もっと知りたい」に、こたえること。
毎日のお弁当レシピのレパートリーに、応用をきかせること。
タイムスケジュールの、段取りを組むこと。
いつも、一番いいと思う方法を、よく考えました。

視点は、常に未来を見る。
今日済んだことよりも、明日はどうしていくか?に、焦点を当て続けると、「やりきった」満足感が、押し寄せてきました。

お別れの際お互い、
夜、暗闇の中・・・、「わはははは〜楽しかったー!」と、大声で笑っていました。

「寂しくなって、泣きたくなるんじゃない?」と、言いたいところかもしれませんが、

「あの時もっとこうすればよかった」という思いより、
その時、一番良い選択で、できることに知恵を絞って時間を作ったことは、

実りある結果を導き、喜びの最高点に辿り着けたのです。

子どもたちは、常に未来を見ている。

私達はそれに習って、未来を見続けていく感覚を、磨き続けていきたい。