2017年1月21日土曜日

子どもが持つイメージ力

体育が苦手な娘、跳び箱やマットの授業で困ったと言う。
そりゃそうだ、跳び箱、飛んだことないね。
マット運動は、未知の世界。

先生も困り果てたようで、「跳び箱は何段なら跳べるか?」と聞かれて、答えられずちょっとさみしい気持ちになったそうな。

そうだね~じゃちょっと練習してみよか?

机に両手をついて体重をかけて楽しんでいる姿をよく見かけるから、させてみると喜んでする。

「そうそう、それそれ、跳び箱で使う動きだよ。」
「え!? そうなの~?」

よし、かかった!いざ、彼女の解決の糸口のはじまり。


それから、我が家にあるベンチを跳び箱に見立てて、何回かシュミレーションを繰り返す。

「あのね、飛ぶためには頭の中でイメージをしておくことが大事なんだよ。こんな感じ…。」
タイミングを合わせて、台に乗っかる練習をした。
ゆっくりかつオーバーリアクションなデモを見せて、少しずつを繰り返す。
手応えを得て、その日は終了。

次の日、先生に「飛び乗れるところまで出来たよ」と報告し、先生側も次の準備が決めやすく、娘もつまずいていた会話の続きが成立し、満足だったようだ。



何か恐怖心から、その一歩がなかなか踏み出せないとき、違う切り口から入っていけないかと、探す。
それが、イメージを使うことだった。
素直な子どもは、そのままのイメージが「出来るような気分」を呼び起こし、やる気が湧く。

また、本人も上手に出来るお友だちを何回も見ている。その記憶を呼び起こして、 どんなイメージを持ったらうまくいくのかな?と考え続けたき「よし!」と閃いた声を出したことがあった。
私はその「よし!」という言葉に可能性を感じ思わず、「よしって言ったな〜」と、
もう一度練習に誘い、大成功したマット運動の前転。

先日、参観日で担任の先生に「前転の件、助かりました〜。」と、声をかけられる。




そう、そのタイミングにのっかる事が、ポイントなんだよね。

タイミングを知るものは、
やはり共に生活する家族。
 これからは心と体を上手に使って 成長を助けていく子育てが求められる。
雪が降りました。

2017年1月12日木曜日

未来を見続ける


些細なきっかけから、縁あった今回の我が家、家族増員。
本日無事終了し、久々の日本観光を兼ね、
息子をお迎えに来られた、お母さんに引き渡しました。

お父ちゃんも、今日は仕事お休み、手巻き寿司パーテイー。


 玄関先で、はい!我が家の伝統「くす玉割り」
過去10年、我が家で子どものお誕生日に毎回登場していたのですが、この度「ありがとう」バージョンでで、中身を作り直しました。

彼にとって短すぎた留学期間のようですが、その中で「しっかり、やりきった」という様子が、お別れの際によくわかりました。

やりきった思いは私も同じ。
彼の「日本の標準語の使い方を、もっと知りたい」に、こたえること。
毎日のお弁当レシピのレパートリーに、応用をきかせること。
タイムスケジュールの、段取りを組むこと。
いつも、一番いいと思う方法を、よく考えました。

視点は、常に未来を見る。
今日済んだことよりも、明日はどうしていくか?に、焦点を当て続けると、「やりきった」満足感が、押し寄せてきました。

お別れの際お互い、
夜、暗闇の中・・・、「わはははは〜楽しかったー!」と、大声で笑っていました。

「寂しくなって、泣きたくなるんじゃない?」と、言いたいところかもしれませんが、

「あの時もっとこうすればよかった」という思いより、
その時、一番良い選択で、できることに知恵を絞って時間を作ったことは、

実りある結果を導き、喜びの最高点に辿り着けたのです。

子どもたちは、常に未来を見ている。

私達はそれに習って、未来を見続けていく感覚を、磨き続けていきたい。





2017年1月3日火曜日

お年賀

新年の心意気があちこちで、聞かれます。
息子から、年賀状が届きました。同居してるけど…
今年は飛躍の酉年でした、力強くてとても目を引く渾身の一枚です。
小学生の頃から、塗り絵が大好きで、その塗方も立体的になり、ファジイな色合いを含む水彩色鉛筆を手に入れてからは益々、その上達の道をかけあがりました。
夫も私も、絵を描いた記憶はありますがこの時期にこれほどまでに打ち込める状況だったかというとそうではありませんでした
しかしその記憶が残っているせいか、彼の気持ちは十分わかります
私たちにできる事はその流れを止めないように育てられたらいいなと思うのです。

改めて酉年。大きく羽を広げて自分の思うところに思い切って飛び進んでください。
応援しています、ありがとう。

2017年1月1日日曜日

2017始まる

冬休み恒例の宿題「書き初め」、お題は自分で四字熟語の中から決める。
娘、
「自分がいいと思って、書きやすいのを選ぶ〜」と、出てきたのが、「破顔一笑」。

なんて、あなたにぴったりな状態を示す言葉なのかい?


娘は、「これしたい!」と思うことを一途に努力し、少しずつできてくる様子を喜びながら、思う結果になり、破顔一笑する。

世界共通のコミュニケーションとも言われる笑顔が、我が家で一番上手である。
笑顔が上手と言うのは第三者から見た状態、本人は自分が笑顔が上手なんて意識して、思っていないかもしれない。

しかし、彼女はたやすく素敵な笑顔を作り、そして家族にも、他人にも影響を与える。


自分から生み出すものは、他人と同じにはならない。


ソレが何なのかは
自分自身が1番知っていているはずであろうが、その認識に達するまで少し時間がかかる。


今年は、自分を表現するために2017年という時間を使っていきたいと思う。
自分がこの世に生まれてた証であり、その記録を残すこのブログもその一つである。

家族それぞれ笑顔であれる生活、そこから

内から外へどんどん広がっていくコミュニケーションがあるといいなと思う。
時代が急速に変化している今、遅れを取らずに、どれほどまで自分の感性を磨きあげられるか?
磨けば磨くほど、面白くなっていくものは、自分自身なのである。

あなたにも、まだまだ磨けるものが
たくさんある。


今年も、〆はお父ちゃん作;ぶりかま、里芋煮、煮しめ、酢の物



2016年12月31日土曜日

今年の私

もうすぐ2016年が終わります

 新しい年を迎え、一年の計を立て その1年が経った後に振り返る。

 あらゆることが起こりましたが、実感して納得したことは、原因と結果の焦点の当て方でした。

考え方の技術を学ぶ上で、結果思考型と原因追求型があります 。

結果思考型は、結果しか見えない考え方です。

例えば、
もし、○○が手に入ったら幸せになる
     この資格を取れば、いいだろう
    結婚ができたら私は安泰だろう
○○に行けば、大丈夫
○○に聞けば大丈夫
こうしてればいいんでしょ、こうなればいいんでしょ    

などなど、結果にのみ焦点を定めて思考することです。


それに対し
原因追求型とは 、

結果があればそのための原因が必ずある。その原因を探り、自分にとってその結果を導く原因とは何か?を考えることに、焦点を定めます。

そうすると自分に質問を与える必要があります。
「そのためには、何が必要か?」「そのためには・・・」と繰り返しながら、最終的に結果に近づいていく考え方を言います。



結果志向型の場合は
イメージや、それまでのプロセスはぼやけています。
本来自分がやるべきことを、どこか他に逃げ道をつくったまま、結果がほしいのです。
そして、現時点の努力には、目先の辛さに焦点が当たるため、嫌々ながら進めたり、三日坊主になることも多々あります。



しかし、原因追求型となると
自分に自問自答を繰り返し、自分に取り入れていくべき要素を、小さな階段を積み上げるように行動と共に、クリアしていきます。
そして上り詰める先に、常日頃から、イメージ する結果が待っているのです。

つまり、
結果に焦点をあてたイメージを持ちつつ、
結果に見合う原因をつくりだし、自分を行動に引っ張っていくのです。




こんなこと、数年前まで、はっきりと知りもしませんでした。
今となっては、「そうか、そういうことか!」と確信をもって、自分で進んでいけるのです。

自分で進んでいくとは、自分で未来をつくり上げていくこと。

これはまだまだほんの一部の学び得た理解だけど、
知らなかったことを知ったことにより、自分の本当の一歩の踏み出しかたが、わかりました。

「無知は不幸ですよ。」と、縁あった人が教えてくれましたが、
その言葉の重みが、当時の私には想像できませんでした。

自分に必要なことは、素直に知ることから始まる。
それは、今まで自分が間違って捉えていたことを、素直に認め、捉え直し、知ることからだと思う。そう聞いても、最初の頃はそれには触れたくない気持ちが、無意識に湧いてくる。
聞いたふりをして、聞かなかった事にさえ無意識で出来るほどだ。
私達は、そんな選択の自由を持っている。

~義をみてせざるは勇なきなり~


些細な一歩と、自分が学び進んだらどうなれるのか?イメージを持ちつつ、前進あるのみ。




お世話になっているTさんの畑で、里芋を収穫させていただきました。

早速いも炊き
親芋に小芋がぎっしりついています。

2016年12月21日水曜日

興味を引く瞬間

小さな子どもに、おもちゃを見せる。

そんなとき、あらゆる理由が大人に潜んでいる。

静かにしてほしい
遊びに夢中にさせておきたい
集中する時間を作らせたい
喜ぶ姿をみたい
どんな風に遊ぶのか?

自由に遊ばせたいなら、放っておいて何に興味かあるのか、試したいところ。

しかし、ここぞとならそこは外さず、狙いを定めて、丁寧におもちゃの入り口へ招待する。
ここを失敗したら、無垢な心と交信できない。

その子に合いそうな、とっておきの一つを選び
私に対して違和感がない関係、・・・とは、いたってありのままで自然。

大切な一つを見て欲しい気持ちを、送るように
丁寧に、ゆっくりとおもちゃを扱ってみる。


大人は、そのおもちゃの結論を知っている。
そこを早く見せたい気持ちを、全面に出して「ほらほら、こうなるよ。」と、先に扱いきってしまったら

それが一番がっかりだ。


十分認識できる早さで目の前でみせる・・・・。

私の視線はただひとつ、相手の目の動き。
視線の先を追わず想像しながら、自分の手元のおもちゃをゆっくり動かす。

それから、聞いてみる
「やってみる?」

視線を外さずに素直に、手を伸ばしてくれる。 可愛い瞬間だ。


そんなチャンスが私には、自分の子どもにも、他人の子どもに対しても、また年齢を幅広くしても、幾度とあった。

その楽しみ方がようやくわかる頃、また新たなステップがやってくる。

私にできること。
形はモヤモヤしてるけど、人の心へ、何かを届けて喜んでもらえることを。
今年もお気に入りのリースを作る





2016年12月17日土曜日

陽気なひととき

今まで生きてきて、
貴重だったなと思うことは、

 陽気な人に出会い、陽気な時間を過ごし、陽気なエネルギーをお互いが発すること、
だったと思う 。
その時間が とても充実していて刺激を受け、また発見することがたくさんあったからだ。

一人でいるときも いいけれど そんな陽気な空間から生まれてくる力は、目に見えないけれども そこにいる人達にも、大きな影響力を与える。



 長らく活動を共にした 仲間が転勤により お別れをすることになった

だから心ある仲間でささやかなパーティーを したのだが 、陽気な人達のアイデアは、 やっぱり 楽しいサプライズパーティーとなった。
私は、陽気な盛り上げグッズお任せの係、
めでたいときはお手製「くす玉」、マイクを、持参。
(どれも今まで我が家で大活躍していた小道具です。)

ありがとうの気持ちを、私なりに伝えるなら、その人に最大限にスポットが当たる演出を考えることが、私の役目だと思ったからです。
短い時間でしたが、こうして今も集まれた人たちのご縁の感謝と、これから旅立つ応援の意味をこめて、手作りの料理や飾りつけ、音楽など、心のこもったひとときでした。

私達は、同じ日は過ごさない。
毎日、何かを感じて、何かを考えて、過ぎていく時間のどこかに、「自分」という場所を作っていく。

「自分」の存在を、この世に何かの形で残したいから。

それが、陽気な時間を過ごすことで生まれるなら、その人らしい一コマが出来上がる。

これらのコマをつないでいけば、どうなるだろう?

一人一人の存在には、価値がある。









2016年12月11日日曜日

ありがとうの、伝わるとき

「休日のお昼ごはんは、兄弟で協力して、簡単料理作ってね。」と、ちゃんぽんめんをお願いして、仕事に出かけた私。
帰ってきて、キレイに片付けまで済ませてあったので、娘に聞いたら、
いつも「ありがとう」って言ってくれるから〜、と
お仕事をしてくれていたそうな。

鶏が先か、卵が先か、とあるが、何か手助けしてもらったり、気遣ってもらうときは、自分も助かりそれがあったおかげで、進んでいけたり、解決につながったすることは日常、たくさんある。

その度に、「ありがたい」と思うので、それは思うだけでなく、言葉にして相手に届けようと思う。
届けようと思うと、ちゃんと届くように、丁寧に伝える。

「ありがとう」の一文字ずつが,とても大切に思える。

   よく聞き取ってもらえるように、
   お礼の気持ちをこめて
   プレゼントを渡すように


そんな何気ない生活のひとコマだった。

感謝の気持に応えてくれる頼もしさを、みせてくれた。
成長とは、とてもたくましく、優しい。


本当に、心から、いつもありがとう。

沖鯵の煮付け、お父ちゃん作

2016年12月7日水曜日

日本語の勉強

少年老いやすく学成りがたし
一寸の光陰軽んずべからず

(我が家の留学生)少年が、志をもって学んでいる。
その方法は自分で探る必要がある。が、その環境を作る方となると、私達が教科書のかわりにもなる。

ありのままの日常を、示せばよいのだろうが、
ついつい相手に分かりやすさを考えすぎるあまり、片言みたいな変な日本語や、英文に変えてしまう。逆効果だ。

ここはすべてが学び、そのお手伝いならば、日本語を、噛み砕いてでも正しくお話することが私たちの役目なり。

私たちが何気なく使っている日本語は、留学生にとってはわからない単語が並んでいる。
大体わかったとしても、ニュアンスを伝えるに大事な単語で、首をかしげてしまう。

そこがこちらの言わんとしているところ、
お手軽なインターネットパソコン日本語変換辞書を手元に置いて、わからない単語をすぐひけるように準備を整えてから、食後の日本語タイムを設定するようになった。

今日あったこと、友達の事など何でもいいから
日本語にして会話をする。

彼は、つとめて日本語で話そうとする。その姿勢が、すごいと思う。
だって、目指すは「日本語ペラペラ」だから。

本人には自覚が無いようだが、日に日に日本語が上手になっているのがわかる。

5ヶ月という短い間日本に滞在し、学び吸収できることをすべて持ち帰られるよう、できるだけのことをしたいと思うと同時に、我が家族中が刺激を受けている事は間違いない。

息子と、歳が一つしか違わないため、お互いが交流したいようである。
受験生で頑張っているなか、その時間をうまく使って。

一寸の光陰軽んずべからず

とは、彼らにとってふとした僅かな時間にも、自分の学びにつなげることができる。
そして、その成果はきっとずいぶん後になって現れるのでは、ないのかな?

そんな、様子をそばで見ることができ、

娘は、ここんとこ苦手だった早起きが、できるようになった。
時間の使い方も、主婦のようである。

夫は、扱える英単語、増えてるよな〜。自分が、留学したいって言ってるし・・・。

私は、体力消耗と睡眠不足で、数年ぶりに風邪を引いてしまった。
しかし、峠もこえ、後半また行くぜーと、確実な睡眠を自分に約束し、走りだした。
卒業カウントダウン11日前を担当の息子、テーマは「飛翔」作成途中経過より。

2016年12月1日木曜日

I'll Always love you いつも大好きだよ

小学3年生、図書の時間。
おなじみ、おはなしかいの時間がやって来ました。
年に数回の貴重な時間に、我が家の留学生さんは、本日創立記念日でお休み・・・ということは、

「さあ、小学校へ一緒に行こう!」

と、一日読み聞かせPTAグループになったのでした。校長先生にご挨拶を済ませて、さてと打ち合わせ。

すると、メンバーの一人が持ってきた絵本、「いつも大好きだよ」は、
「これ、中学校の娘の英語の教科書に載ってたよね・・・。」

あら・・・、そのまんま読めるじゃない。

あわてて家から持ち出し、一回読み合わせをして、本番へ向かう事になりました。

内容は省きますが、そのタイトル通り、

命ある間に大切な存在へ、大切な気持ちを、言葉と共に送り続けることを、この本が教えてくれていました。
日本語と、英語を交互に読み進めましたが、
3年生の子どもたちにとっては、現役英語を耳で聞くことに集中し、とても新鮮だったようです。

私はというと、このお話に感動と納得、心を伝える手段、「言葉」の大切さを改めて感じます。

分かっていると思って言わなかったことがある

分かっているだろうと思って行動しなかったことがある 。

後になって 真実がわかっても 過去のことを悔やむに悔やみきれない 。

その時、その瞬間、忘れてはいけないこと。
ここぞのタイミングで、沈黙または、無関心になってしまうのは、何故なのか?

「いつも大好きだよ」と、そんな変わらないあなたが、より深く愛される。





2016年11月30日水曜日

親孝行

一週間ほど、実家の両親が遊びにきていました。というよりは、お手伝いに来てもらいました。
我が家は、急に7人家族になり・・・

なんだかお台所仕事など、わんさかあるが、とても楽しい一週間を過ごしました。

しばらく、実家に帰ることもなくなってしまいましたが、我が家の引っ越しと、留学生さんのダブル話題にて、今回は応援を頼んだわけです。

大勢の家族は、久しぶり。
老夫婦生活から一転し、本人たち曰く、

「ボケる暇もないほど、忙しい。テレビも見ないし、薬飲むのも忘れる・・・」だって。

どれも、いらないんじゃないの〜?

確かに、今までの家事量からいくと、産後間もない頃に次ぐ仕事量か。

段取り良くこなしていく、ぼやぼやしてたら、うっかりポンで大慌て。


そのかいあってか、リフレッシュができて、更に「お金では手に入れられないものが、ここにある」と、喜んでくれた。

生きているうちに親孝行できたのかな、と思う瞬間だった。

そして、お金で買えない大切なものとは、「心の若返り」だそうである。

人は、人同士で大きく刺激を受ける。
良くも悪くもあるならば、良くなり、若返りが起こった両親は、
いきいきして、楽しい刺激をたくさん受けていった。

なぜ今こうしていられるのか?
過去を紐解いていくと、全てが偶然ではなく、必然であったことに気づく。

誰にでも、生きてきた全てに、無駄はない。









2016年11月28日月曜日

行き当たり、ばったり計画?

近所のスーパーレジ待ちで、ばったり出会った、実父にそっくりの近所のおじさまは、
手先が 器用でチャレンジ精神たっぷり。おもしろキャラで、やるときゃやる。
今までにあらゆることを助けてもらいながら、地元に馴染んでいく私達家族の様子を側で
じっと、見守っていてくれた。

「来月、地区の餅つきですね~留学生さん連れて行きますね~。」
「おっ、それそれ、今回は何でまたこんな話になったんか?」
「あー、それよく聞かれるんですよ~、じゃ今度のもちつきで、その話をしちゃいましょうかね。」

「それがええね、(みんなに説明するなら)話も一回で済むしね。」
「じゃあ、私と掛け合いでしましょうよ。」
「おう。ええよ。」
と、この突然の計画が行われたのは、11月の満月の夜だった。



もうすぐ、地元恒例の、もちつき行事が開催される。
「今年もみんなでお食事をする前に、口の中にまつわるお話をしてね。」と、声をかけられている。

今年で3回目になるのかな。毎年約80人近くが参加するこの行事にお馴染みとなり、さて今年はどんなお話にしようかと、構想中。

と、このタイミングで入手したお口の体操。よし、これいこか!食事前にピッタリ。

「歯科衛生士といえば、歯磨き」と説かれる時代は、もう古いのかも!?

口からはじまる健康を考えれば、歯ブラシを持つ前に必要な話は、たくさんあるのだ。

そりゃやっぱり、
笑うことでしょ、口を動かすことでしょ、知れば知るほど目から鱗を落とすことでしょう。








2016年11月16日水曜日

若返っている人、紹介

40代になった時に、出会った学び。
これは、私にとって衝撃的でした。
どうして衝撃だったかというと、

それは多分勉強しなかったら、どうなっていただろうか?
この部分を考えれば、恐ろしくなるくらいだから、今思えば「あーよかったな」と思う。

おそらく、学ばなかったらその後考えられる生活で、きっと言い訳や考えていたことがある。

もう歳だからかな、
だって、面倒くさいし・・・
そんなことまでやりたくなーい
もっと楽に、安く!!それが生活するのに一番大事。
自由な時間がないかな〜
あ、子ども帰ってきた・・・、あ、ご飯作らなきゃ、え!?今忙しいよーう、いそがしいって!!


と、心を亡ぼしにかかっていたんじゃないかな・・・。


いや、そーじゃないよ〜。全然解決しないまんま、毎日終わっているよ〜。
「子どもと共に、親も成長する。。」ってよく聞くから、そのうち・・・?なるようになるのか・・・??と、思っていたら、そうじゃなかったよ。
この言葉をきいて安心している場合じゃなかったのだ。私には、完全な落とし穴だった。

時間を重ねて生きていくってことは、その瞬間ごとに、自分の頭の中に何かを積み上げている。
その何かを知りさえすれば、今後の自分をどう取り扱えばいいかが、わかってくる。

そんな学びを、私は40代から始めたのだ。
科学的根拠に基づく、法則性を頭に入れる学び。



http://www.fuminn.com/list/2016/11/post-212.php

このページで紹介されている、アメブロのハナミズキさんは、勉強仲間であり、人生の先輩だ。
このところぐっっと、頭の中が若返っているような気がする。

人生いつでもやり直せるとは、このことをいうのでしょうか?

この先輩お母さんが、子育てを失敗したと嘆くお母さんへ、呼びかけてもいるようです。

そして、どう考えれば生き方が変わっていくのか?という懇切丁寧なプログラムを、毎日聞いて学び得たことが、ブログに書かれています。

え、毎日勉強!?めーんどくさーい!(・・・ほらほら、聞こえてくるよ。)
勉強=つらくて、もうやりたくないもの、やっても無駄
と、私達が学んだのはいつなのでしょう。

勉強=「その先が気になる、面白い学び」だったら、どうでしょう?
時間をかけて、ゆっくり育てると、ある時急に芽が出る時が必ず来る。

そんな、芽を見ながら、私の芽も育てよーっと。